Introduction

ヴィゴ・モーテンセン、ロバート・デュヴァル、ガイ・ピアース、シャーリーズ・セロンら実力派俳優、競演。
「すべての美しい馬」「血と暴力の国」(『ノーカントリー』の原作)の著者、コーマック・マッカーシーの最高傑作。
ピューリッツァー賞に輝いた全米ベストセラー小説「ザ・ロード』、待望の映画化。
世 界の終わりは、ある日突然やってきた。いかなる天変地異や核戦争のような厄災に見舞われたのか、今となっては原因すら定かではない。人類が築き上げた文明 は呆気なく壊滅し、作物は枯れ果て、生き物は死に絶えた。太陽は灰色の空の向こうに隠れ、凍てついた大地は断末魔の叫びのような地鳴りを繰り返している。

そ んな大惨事を生き延び、南の地を目指して旅する一組の親子がいる。父親は少年をひたむきに守り、少年は父親をまっすぐに信じていた。極度の飢えと寒さに苦 しみながらも、少しでも人間らしく生きようとするふたりは、人類最後の希望の灯を未来へと運ぶかのように、荒れ果てた世界をただ歩き続ける。はたして、そ の“道”はどこに繋がっているのだろうか……。

アカデミー賞4部門に輝くコーエン兄弟の『ノーカントリー』(07)に、原作小説「血と暴 力の国」を提供した現代アメリカ文学の巨匠コーマック・マッカーシー。彼がそれに続いて2006年に発表し、全米ベストセラーとなったピューリッツァー賞 受賞作が「ザ・ロード」である。その映像化不可能とさえ思われた壮大にして深遠な世界観の完全映画化を実現し、観る者の心を揺さぶってやまない奇跡的な ロードムービーが誕生した。

文明崩壊後の終末世界を描いた映画は『渚にて』(59)『少年と犬』(75・未)『マッドマックス』(79) シリーズなどの往年の名作から、『アイ・アム・レジェンド』(07)『ウォーリー』(08)『ザ・ウォーカー』(10)といった近作まで数多く存在する が、『ザ・ロード』はこれらのSFやアクションのどれにも似ていない。主人公は何ひとつ特別な力を持たず、ぼろぼろに朽ち果てた大陸を旅する親子。灰色の 絶望に染まったその極限世界は、わずかな生存者の理性を容赦なく奪ってきたが、父親と少年は決して人間性を失わず“善き者”であり続けようとする。

我 が子を抱き締めることで愛情を伝え、身を危険にさらしてまで強さを示そうとする父親。その教えを胸に刻み、生命や希望の象徴というべき“火”を運ぼうとす る少年。そんな父と子のかけがえのない絆と魂の軌跡を描き上げたこの映画は、コーマック・マッカーシーの作品としては異例の優しさや温もりが息づく原作小 説のスピリットを鮮烈に伝え、身震いするほどの深い感動を呼び起こす。

また『ザ・ロード』はヴィジュアル面においても、しばし脳裏に焼き ついて離れないインパクトで観る者を圧倒する。スクリーンに次々と出現するこの世のものとは思えない荒涼とした風景の数々は、スタッフが全米各地をハン ティングして見出した実在のロケーション。それら残酷なまでにプリミティヴな風景は、テロや地球温暖化などの問題にさらされた現代人を不穏なサスペンスに 巻き込みながらも、時に詩的な情緒を漂わせる。かくしてこの映画は、鋭い社会批評をはらむ寓話であり、荘厳な神話ともピュアなおとぎ話とも捉えうる豊かで 奥深い作品となった。

ハリウッドの多くの業界人がマッカーシーの小説に魅了されながらも、さまざまなハードルの高さゆえに映画化に二の足 を踏んだこの企画は、『ロード・オブ・ザ・リング』(01~03)3部作や『イースタン・プロミス』(07)で名高いヴィゴ・モーテンセンの存在なくして は実現不可能だった。いかなる試練に直面しようとも、たったひとりの我が子を命懸けで守り抜く父親の揺るぎない包容力を体現。撮影中はあえて役作りのため にロケ地の過酷な自然環境に身を投げ出し、自らを追い込んでいったという渾身の演技は、ただならぬ迫力をみなぎらせている。

さらに驚嘆す べきは、もうひとりの主人公の少年に扮したコディ・スミット=マクフィーである。オーディションで抜擢された撮影当時11歳の小さな天才俳優は、全編に 渡って寄り添い合ったモーテンセンに「これまでの映画を振り返っても、コディほど優れたパートナーはいない。彼は特別で、驚異的な俳優だ」と言わしめる名 演技を披露。無垢な瞳と澄んだ心を持つ天使のような少年を、みずみずしく繊細に演じきった。

 

短い出演シーンで確かな印象を残す共演陣の顔ぶれも充実している。父親と少年が旅のさなかに一夜だけの交流を持つ老人役は、『ゴッドファーザー』(72) 『クレイジー・ハート』(09)やアカデミー賞主演男優賞を受賞した『テンダー・マーシー』(82・未)などで知られる名優ロバート・デュヴァル。 『L.A.コンフィデンシャル』(97)『メメント』(00)の実力派俳優ガイ・ピアースが、『ハート・ロッカー』(08)に続いてあっと驚く役どころで 登場するのも見逃せない。随所に挿入される父親の回想シーンのパートには、痛切な運命をたどる妻役で美しきオスカー女優シャーリーズ・セロンがお目見えす る。

そして本作の映画化権を獲得したプロデューサーのニック・ウェクスラーが、自信を持ってメガホンを託したのはオーストラリア出身の ジョン・ヒルコート監督。日本未公開ながら、2005年のバイオレンス・ウエスタン『プロポジション 血の誓約』(05・未)で世界的に絶賛された注目の 気鋭が、簡潔にして風格すら感じさせる演出力を発揮し、雄大なスケール感あふれる映像世界を創造した。

 

 

Story

絶望の世界で人間性を失わず、そして気高く旅を続ける父と子の姿には、神々しささえ感じられる。
彼らの行く末が必ずしも幸せなものではなかったとしても─。
この父この絆と愛情に、誰もが魂を揺すぶられる。
そして、ふたりは、心を失わずに寄せ合うように歩き続ける。子は父を信じ、父は子の未来を願いながら…。
そ の父親と少年はただ黙々と歩き、南を目指して旅をしていた。空は日に日に濃くなる灰色に覆われ、あらゆるものが朽ち果てた地上には生き物がまったく見あた らない。夜は恐ろしいほどの暗黒の闇に支配され、時折凄まじい地鳴りが沸き起こる。ふたりが南に向かっているのは、極度の寒冷化のせいでこのままでは冬を 越せそうもないからだ。ショッピングカートを引きながら荒廃した風景の中をとぼとぼと進む彼らの全財産は、防水シート、ポリ袋、毛布、双眼鏡、そして拳銃 だった。文明が崩壊して10年以上経ったこの世界では、わずかな生存者の誰もが燃料と食料を探し求めている。しかし道すがら民家を探索しても、食べ物は滅 多に見つからない。

そんなある日、道ばたの車中で寝ていた父親は何かが迫りくる気配を感じとり、少年とともに林の中に身を隠す。トラック に乗ったならず者の武装グループだった。林に入ってきた若い男に見つかってしまった父親は、拳銃で相手を威嚇する。若い男は一瞬の隙を突いて少年の首もと にナイフを突きつけるが、父親が放った銃弾を浴びて即死。父親は返り血を浴びて放心状態の少年を抱きかかえて走り、一味の執拗な追跡を振りきった。飢えを 凌ぐために蛮行を繰り返すならず者たちは、この世で最もおぞましい人食い集団なのだ。

「あの男は“善き者”ではなかった。悪者には気をつけないといけない。俺たちは“火”を運んでいるのだから」
「“火”って何のこと?」
「心に宿る“火”だよ」
「僕たちはこれからもずっと善き者?」
「ああ、ずっとそうだ」

餓死するか、自殺するか、または道徳と理性を失ったならず者たちの餌食になるか。この非情な世界を生き抜くために、父親は少年にありとあらゆる大切なことを伝えようとしていた。父親にとって、少年はすべての心のよりどころだった。

父 親は眠りに落ちるたびに、少年の母親がまだ生きていた在りし日の夢を見る。かつて彼らは、何が起こったのかもわからぬまま世界の終焉の日を迎えた。重い心 の病を患っていた彼女は、自宅で少年を産んだのち、しばらくして暗闇の彼方に消え、自ら命を絶ったのだ。夢から覚め、はかない思い出に涙があふれた父親 は、過去と決別するために彼女の写真と結婚指輪を捨てるのだった。

あまりの寒さと飢餓感に挫けてしまいそうな旅の中にも、ほっと心のなご む瞬間があった。スーパーマーケットで見つけた缶コーラを飲んだ少年は、生まれて初めて口にした炭酸の泡を不思議がりながら「おいしい」と言った。滝で水 浴びをしたときは、初めて見た虹をきれいだと思った。ならず者集団の“貯蔵庫”がある家に忍び込んだときには命が縮む思いを味わったが、少年は健気に父親 の教えを反復した。
「僕らはどんなにお腹が空いても人を食べないよね? 僕たちは善き者だから。“火”を運んでいるから」
「そうだよ」

 

ふたりはとある民家の庭で、地下シェルターの入り口を発見した。そのちっぽけな空間には、ふたりでは食べきれないほどの豆やフルーツの缶詰、お菓子、飲み 物が蓄えられていた。少年は「これ、全部もらっていいの? お礼を言わなくちゃ」と言って、どこの誰かもわからない贈り主に感謝の祈りを捧げた。ふたりは 体を洗い、髪の毛を切り、ろうそくの灯りのもとでの豪華なディナーで思う存分、空腹を満たした。

しかし幸せな時間は長く続かなかった。シェルターの外でうろつく何者かの気配を察知した父親は、嫌がる少年をなだめ、持てる限りの食料をカートに積んで再び旅に出る。

ふ たりは杖をついて歩いている弱々しい老人に出くわした。「食べ物を分けてあげようよ」と言う少年に根負けした父親は、しぶしぶ老人を夕食に誘う。イーライ と名乗るその老人は目が悪かったが、少年を見て天使が現れたのかと思った。その一方で「悪者には気をつけろ」と教えられていた少年は、なぜ父親がきっと善 い者に違いない老人に冷たい態度をとるのか理解できなかった。

なおも歩き続けるふたりは丘を越え、ついに浜辺にたどり着く。海は青いものだと思っていた少年は、見渡す限り寒々とした灰色の光景にがっかりした。そして夜になると、ひどい熱を出して嘔吐した。
「聞いていい? 僕が死んだらどうする?」
「お前が死んだら…、パパも死ぬだろうな」
「一緒にいられるように?」
「そう。一緒にいられるように」

父と子は世界の終わりを旅する。人類最後の火を掲げ、絶望の道をひたすら南へ―。

 

 

Cast

ヴィゴ・モーテンセン
1958 年、ニューヨーク州マンハッタン生まれ。デンマーク人の父親とアメリカ人の母親に育てられ、南米などさまざまな国での海外生活を経験したのち、高校時代に 演技に興味を抱く。卒業後は演劇学校に進み、舞台の経験を積んだ。ピーター・ウィアー監督作品『刑事ジョン・ブック/目撃者』    (85)の若いアーミッシュの農夫役で映画デビュー。その後はショーン・ペンの初監督作品『インディアン・ランナー』(91)で演じたベトナム帰り の青年役で高い評価を得るなど、数多くの話題作に出演している。とりわけその名を広く知らしめたのは、ピーター・ジャクソン監督によるファンタジー超大作 『ロード・オブ・ザ・リング』3部作(01~03)の勇者アラゴルン役。また『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)に続くデヴィッド・クローネン バーグ監督との2度目のコンビ作『イースタン・プロミス』(07)では、アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の主演男優賞にノミネートされた。詩、写 真、絵画を手がけるマルチ・アーティストとしても知られている。そのほかの主な出演作は以下の通り。『柔らかい殻』(90)、『プレイデッド』(93)、 『カリートの道』(93)、『クリムゾン・タイド』(95)、『アルビノ・アリゲーター』(96)、『ある貴婦人の肖像』(96)、『デイライト』 (96)、『G.I.ジェーン』(97)、『サイコ』(98)、『ダイヤルM』(98)、『オーバー・ザ・ムーン』(99・未)、『オーシャン・オブ・ ファイヤー』(04)、『アラトリステ』(06)、『アパルーサの決闘』(08・未)。

コディ・スミット=マクフィー
1996 年、オーストラリア生まれ。演劇一家の出身で、同国の人気TV番組「Neighbours」などで知られる女優シアノア・スミット=マクフィーを姉に持 つ。リチャード・ロクスバーグ監督作品『ディア マイ ファーザー』(07・未)の演技で注目され、オーストラリア・フィルム・インスティテュートのヤングアクター賞を受賞し、07年のオーストラリア映画批評 家協会の最優秀新人賞に輝いた。そのほかには『Stranded』(05・未)や幾つかのTV作品、舞台「Walkabout」などに出演している。現在 は家族とともにメルボルンに住み、スケートボードやコンピュータでの音楽作りを楽しんでいるという。

ロバート・デュヴァル
1931 年、カリフォルニア州サンディエゴ生まれ。海軍で2年間の従軍を経験したのち、ニューヨークで演技の道に進み、舞台やTVに出演する。映画デビュー作は 『アラバマ物語』(62)。巨匠フランシス・フォード・コッポラとのコラボレーションで知られ、『雨のなかの女』(69)、『ゴッドファーザー』 (72)、『カンバセーション…盗聴…』(73)、『ゴッドファーザーPARTⅡ』(74)、『地獄の黙示録』(79)で重厚な存在感を放った。『ゴッド ファーザー』『地獄の黙示録』でアカデミー賞助演男優賞、『パパ』(79)で同主演男優賞の候補となり、『テンダー・マーシー』(82・未)で初めてアカ デミー賞主演男優賞を獲得。その後も現在に至るまで、ハリウッドの名バイプレーヤーとして活躍している。そのほかの主な出演作は『ネットワーク』 (76)、『告白』(81)、『ライトシップ』(85)、『ランブリング・ローズ』(91)、『ディープ・インパクト』(98)、『シビル・アクション』 (99)、『愛と暗殺のタンゴ』(02・未/監督・製作・脚本も)、『ワイルド・レンジ 最後の銃撃』(03)、『ウォルター少年と、夏の休日』 (03)、『サンキュー・スモーキング』(06)、『アンダーカヴァー』(07)、『クレイジー・ハート』(09)など。

ガイ・ピアース
1967 年、イギリス・ケンブリッジシャー生まれ。3歳の時に空軍パイロットだった父親の赴任先のオーストラリアに移住する。少年時代から俳優を志し、1985年 から1990年までTVドラマ「Neighbours」に出演。1990年代初頭から映画にも出演するようになり、世界的な反響を呼んだ『プリシラ』 (94)のドラッグクイーン役で脚光を浴び、ハリウッド進出作『L.A.コンフィデンシャル』(97)の若手刑事エド役で絶賛された。その後はクリスト ファー・ノーラン監督のフィルムノワール『メメント』(00)、SF冒険大作『タイムマシン』(02)、『ザ・ロード』のジョン・ヒルコート監督によるバ イオレンス映画『プロポジション 血の誓約』(05・未)といった幅広いジャンルの作品で主演を務めている。そのほかの主な出演作は『ラビナス』 (99)、『英雄の条件』(00)、『記憶のはばたき』(01)、『トエンティマン・ブラザーズ』(02)、『モンテ・クリスト伯』(02)、『トゥー・ ブラザーズ』(04)、『ファクトリー・ガール』(06)、『奇術師フーディーニ~妖しき幻想~』(07・未)、『ベッドタイム・ストーリー』(08)な ど。本年度アカデミー賞6部門を制した『ハート・ロッカー』(08)の冒頭で意外な役どころを演じていたことも記憶に新しい。

 

シャーリーズ・セロン
1975 年、南アフリカ生まれ。バレエを学ぶためにニューヨークに移住するが、足のケガでその道を断念し、ロサンゼルスで女優をめざす。『2 days トゥー・デイズ』(96)の大胆な演技で注目され、『ディアボロス/悪魔の扉』(97)、『セレブリティ』(98)、『マイティ・ジョー』 (98)、『サイダーハウス・ルール』(99)、『ノイズ』(99)などの話題作に次々と出演。順調にキャリアアップしながら演技力にも磨きをかけ、実在 のシリアルキラーを演じた『モンスター』(03)では初のアカデミー賞ノミネートにして主演女優賞に輝いた。『スタンドアップ』(05)でも再び同賞の候 補に名を連ねるなど、美貌と実力を兼ね備えたトップ女優の地位を揺るぎないものにしている。そのほかの主な出演作は『裏切り者』(00)、『バガー・ヴァ ンスの伝説』(00)『レインディア・ゲーム』(00)、『スウィート・ノベンバー』(01)、『コール』(02)、『ミニミニ大作戦』(03)、『トリ コロールに燃えて』(04)、『ライフ・イズ・コメディ! ピーター・セラーズの愛し方』(04)、『イーオン・フラックス』(05)、『バトル・イン・ シアトル』(07・未)、『告発のとき』(07)、『ハンコック』(08)、『あの日、欲望の大地で』(08)など。

 

 

Stuff

ジョン・ヒルコート(監督)
1961 年、オーストラリア・クイーンズランド生まれ。アメリカ、カナダ、イギリスで育ち、オーストラリアのスウィンバーン・フィルムスクールに入学。同校で2本 のドラマを制作したのち、ニック・ケイヴ、インエクセス、クラウデッド・ハウス、デペッシュ・モード、ロバート・プラント、ミューズなどのアーティストの 音楽ビデオの監督、編集を務めて成功を収めた。なかでもレイザーライトのビデオでは複数の国際的な賞を受賞している。そしてアメリカとオーストラリアで最 高級警備の刑務所を3年間調査し、初の長編映画『亡霊の檻』(88)を完成。砂漠に建つ刑務所の囚人たちの異様な姿を描いたこの映画は、オーストラリア・ フィルム・インスティテュート賞9部門にノミネートされた。続いてパプアニューギニアを舞台にしたスリラー『To Have & to Hold』(96・未)を手がけたのち、ガイ・ピアース、レイ・ウィンストン、ダニー・ヒューストンらが出演した長編第3作『プロポジション 血の誓約』 (05・未)を発表。オーストラリア版西部劇というべきこのバイオレンス映画は、オーストラリア・フィルム・インスティテュート賞で4部門、インサイド・ フィルム・アワード(ピープルズチョイス賞)で最優秀作品賞を含む4部門を制したほか、数多くの賞を受賞した。

コーマック・マッカーシー(原作)
1933 年、ロードアイランド州生まれ。裕福な弁護士の家庭で育ち、4歳の時にテネシー州に移り住む。テネシー大学を中退後、1953年に入隊した空軍で4年間の 従軍を経験。その後、大学に戻って作家としての創作活動に取り組み、1965年の「The Orchard Keeper」で長編デビューを果たした。「ブラッド・メリディアン」などを経て、“国境3部作”の1作目となった92年の「すべての美しい馬」で全米図 書賞、全米批評家協会賞を受賞。この小説は2000年にビリー・ボブ・ソーントン監督、マット・デイモン主演で映画化された。そして“国境3部作”の第2 作「越境」、完結編「平原の町」に続き、05年には「血と暴力の国」を発表。コーエン兄弟がこの小説を映画化した『ノーカントリー』(07)は、アカデ ミー賞の作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞を獲得するなど大成功を収めた。自らの息子であるジョン・フランシス・マッカーシーに捧げた2006年の 「ザ・ロード」はベストセラーとなり、ピューリッツァー賞のフィクション部門を受賞。トマス・ピンチョン、ドン・デリーロ、フィリップ・ロスらと並び称せ られる現代アメリカ文学の巨匠である。

ニック・ウェクスラー(製作)
カ ンヌ映画祭パルムドール受賞作『セックスと嘘とビデオテープ』(89)、全米批評家協会賞の作品賞に輝いた『ドラッグストア・カウボーイ』(89)を始 め、製作および製作総指揮としてインディペンデントとスタジオの数多くの映画に関わっている。そのほか製作を手がけた主な作品は『ザ・プレイヤー』 (92)、『裏切り者』(00)、『15ミニッツ』(01)、『スタンドアップ』(05)、『アンダーカヴァー』(07)、『帰らない日々』(07)、 『きみがぼくを見つけた日』(09)など。

ラッド・シモンズ(製作総指揮)
ジ ム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』(89)、『ナイト・オン・ザ・プラネット』(91)のライン・プロデューサーとして映画界に参入。そ の後も数多くの良質な作品に携わっており、製作もしくは製作総指揮としてクレジットされた主な作品は次の通り。『デッドマン・ウォーキング』(95)、 『ハイロー・カントリー』(98)、『ハイ・フィデリティ』(00)、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(01)、『ライフ・アクアティック』(05)、 『アクロス・ザ・ユニバース』(07)。

マーク・パタン(製作総指揮)
ラ イオンズゲート社でエグゼクティヴ・バイス・プレジデントを務めたのち、2005年に設立された2929プロダクションの社長に就任した。これまでの製作 作品には、アカデミー賞で6部門にノミネートされたジョージ・クルーニー監督&主演作『グッドナイト&グッドラック』(05)を始め、『ドリームズ・カ ム・トゥルー』(06・未)、『アンダーカヴァー』(07)、『あの日、欲望の大地で』(08)、『ダイアナの選択』(08)などがある。

 

ジョー・ペンホール(脚本)
才 能あふれる映画脚本家であり、数多くの舞台、TV作品の脚本も手がけている。映画の代表作はイアン・マキューアンの小説「愛の続き」に基づくサスペンス劇 『Jの悲劇』(04)で、同作品では全米批評家協会賞の脚本賞を受賞した。そのほかの映画には『Some Voices』(00・未)、自ら監督も務めた短編『The Undertaker』(05・未)がある。舞台「Blue/Orange」ではオリヴィエ賞、イブニング・スタンダード賞と批評家協会賞の最優秀賞を獲 得。最近ではBBCのTVミニ・シリーズ「Moses Jones」の製作総指揮、脚本を務めた。

ハビエル・アギーレサロベ(撮影)
ス ペインのゴヤ賞で6度の受賞歴を持つ。主な作品はヴィクトル・エリセ監督の『マルメロの陽光』(92)、カルロス・サウラ監督の『愛よりも非情』 (93)、フェルナンド・トルエバ監督の『美しき虜』(98・未)、アレハンドロ・アメナーバル監督の『アザーズ』(01)、『海を飛ぶ夢』(04)、ペ ドロ・アルモドバル監督の『トーク・トゥ・ハー』(02)、ミロス・フォアマン監督の『宮廷画家ゴヤは見た』(06)など。最近では『それでも恋するバル セロナ』(08)、『ニュームーン/トワイライト・サーガ』(09)の撮影を担当した。

ジョン・グレゴリー(編集)
卓 越したイギリス人編集者として知られ、マイク・リー監督の『ライフ・イズ・スイート』(91)、『ネイキッド』(93)、『秘密と嘘』(96)、マイク・ ニューウェル監督の『フォー・ウェディング』(94)、『フェイク』(97)、『狂っちゃいないぜ』(99)などが代表作。そのほかには『ペネロピ』 (06)やTVミニ・シリーズ「トラフィック!ザ・シリーズ」「南仏プロヴァンスの12か月」などを手がけ、『ザ・ロード』のジョン・ヒルコート監督とは 前作『プロポジション 血の誓約』(05・未)に続くコラボレーションとなる。

 

 

Production Note

荘厳かつ感動的な傑作小説の映画化、その企画の始まり
コーマック・マッカーシーの大ファンである製作のニック・ウェクスラーは、マッカーシー原作 の「血と暴力の国」(『ノーカントリー』)の権利を取得することに失敗していた。そのためウェクスラーは著作権代理人たちに、次にマッカーシーの本の著作 権の取得が可能になったらすぐに知らせるよう呼びかけていた。ウェクスラーと製作パートナーのポーラ・メイ・シュワルツ、スティーヴ・シュワルツの夫妻 は、競合相手の出足の遅れに乗じ、「ザ・ロード」を原稿の段階で取得した。ウェクスラーが語る。「この本に関して幸運だったのは、内容が非常に暗く冷酷 だったため、スタジオや他の製作者たちが映画化できるのかどうか確信が持てず、慎重なアプローチを取ったことだった。そのおかげで作品の権利を取得するこ とができたんだ」。
『ザ・ロード』の製作に関わったすべてのフィルムメーカー同様、ウェクスラーもマッカーシーの原作を読み出すと止まらなくな り、深い感動を覚えていた。そしてすぐに、これが優れた映画の題材になることを見抜いた。彼はこう語る。「この小説をもらったその晩に読んだが、極めて力 強く、感動的な経験だった。これは父と息子の物語で、ふたりの旅であり、炎の受け渡しであり、人間とは何かについて学び合う物語だ」。さらにウェクスラー は続ける。「ジャンルとしても優れていると思った。サスペンスであり、極めて敵対的な世界で生き延びなければならない緊張感は映画化にふさわしい要素だっ た。冷酷な要素については、まったく不安に思わなかった。終末論的な世界は冷酷だし、その世界における食人の習慣も冷酷だが、この作品の核心は感動的で、 とても新鮮で力強く、映画の製作過程でそれがずっと輝き続けると思っていた」。
ウェクスラーが監督として指名したのは、前作『プロポジション 血 の誓約』(05・未)で高い評価を得たジョン・ヒルコートだった。彼はこの物語とテーマについて次のように語る。「私がコーマック・マッカーシーとその原 作についてとても気に入っていることは、彼が断固たる姿勢で人間性の深みを探求していることだ。そして人間が本当はとても恐ろしい存在で、人間自身がこの 星全体の最大の敵であり、これまでもこれからも常にそうであることから目を逸らしていないところだ。そして彼の他の著作と異なり、この本の特別な点は、物 語の核心にある父親と息子の間の非常に感情的な豊かさや優しさだ」。
「そして舞台となる世界だ。これも原作で気に入った点だが、実際に何が起きた のか、その話や経過は書かれていない。読者は何が起きたのか一切知らない。本で語られていないことがたくさんあるが、それらは語られるべきではない。なぜ なら、それほどの規模の大災害が起きたら、それが核であろうと彗星であろうと、どんな理由であれ、大災害が起きたその日から原因など無関係になるからだ。 その日から人々は根本的な変化と闘っている。私にはその不安定な状態の描き方が独創的で非常に忘れがたく、心をかき乱された。今の時代にはとても現実的 で、特に関連性が高いと感じたんだ」。

過酷な雨や寒さに身をさらし、極限状況を体現したヴィゴ・モーテンセン
ヴィゴ・モーテンセンは『ザ・ロード』の主役をオファーされたとき、多くの仕事に忙殺された後だったため休暇を望んでいた。しかし脚本を読み、それを演じないことは考えられなかったという。
モー テンセンは役を引き受けると、登場人物や舞台設定上の環境について調べるなど、集中的な準備期間に入り、小説の世界とその仮説上の状況に浸った。調査は本 や資料を読むだけに留まらず、現代において自らの機知だけで生きる人々、つまりホームレスの生活パターンや習慣にも及んだ。
そしてモーテンセンは コーマック・マッカーシーとの会談も持った。話題はほとんどマッカーシーが本を捧げた彼自身の息子、ジョン・フランシスとの関係についてだった。モーテン センが語る。「私たちは彼の息子さんとの関係について話をし、私は自分の息子のことや、息子が本の登場人物の年齢だったとき、どんなふうだったかを話し た。そして私は、自分が家族や人間関係についてどう感じたか考えていったんだ」。
さらにモーテンセンは役柄の内面を作り上げるだけでなく、周囲の 環境を取り込みながら体当たりの演技を実践していった。製作総指揮のラッド・シモンズが証言する。「ヴィゴはこれまで一緒に仕事をしてきた他のどの俳優よ りも環境をうまく利用することができ、必要な感情を引き出せる俳優だ。彼は雨が降っていても傘やレインコートを使わなかった。用意されたテントや毛布を拒 み、意図的に体を冷やし、濡れるようにしていた。そのようにして彼は極限状態を作り出していったんだ。ヴィゴが雪や雨、寒さや霧の中で何度もそのようにし ているのを見てきた。彼は登場人物の世界に没頭するために、使えるものは何でも使う俳優なんだ」。

 

スタッフ&共演者一同を驚嘆させた小さな名優
『ザ・ロード』を完成させるには、少年役のキャスティングが極めて重要だった。モーテンセンやクルー にとっても撮影は過酷になるため、息子を演じる十代初めの子役も辛抱強くついてこられるだけの天性の俳優である必要があった。キャスティングのプロセスは 徹底的に行われ、アメリカ全土とカナダの数百人の少年たちが審査されたが、演劇一家に生まれた子であるコディ・スミット=マクフィーがこの役を勝ち取っ た。
コディを選んだことは、彼がカメラに慣れていること以外にも多くの点で理に適っていた。製作者たち、および共演者のモーテンセンは、この若い 俳優の才能、プロ意識、仕事への倫理観に面喰らってしまった。モーテンセンが語る。「コディは特別で驚異的な俳優だ。彼の演技は歴史に残ると思う。正直 言って、この映画は人々の記憶に何年もずっと残る1本になる。初めて脚本を読んだとき、私は“これまでで最高の子役、この役を演じられる世界最高の子役を 見つける必要がある”と思った。コディのような優秀な俳優がいたことで、すばらしい映画になった。私は彼との共演を本当に楽しんだよ」。
劇中に は、モーテンセンとコディの間に絆ができたことを示す重要なシーンがある。放浪するならず者のメンバーに遭遇した場面で、父親は息子を守るためにその男を 撃ち、その後、彼は息子を小川の凍てつく水で髪を洗おうとする。そのシーンを見てクルーは驚愕した。製作総指揮のラッド・シモンズが振り返る。「あの小川 の雪解け水はおそらく摂氏7度ぐらいの冷たさだった。ヴィゴがコディを抱え上げて彼の頭を水につけると、水があまりにも冷たかったために、コディは震え上 がってしまった。そしてあまりに痛かったので、泣き出して止まらなくなってしまった。するとヴィゴはコディを両腕に抱き上げて揺すってやり、彼を文字通り 正気に戻してやった。あれはすばらしいシーンだ。ヴィゴは彼を両腕に抱え上げ、すぐに小川から日の当たる開けた場所へ連れて行き、彼を下ろして日差しの下 で揺すってあげたんだ」。

全米各地にロケハンを敢行して撮影された終末的な世界の風景
ジョン・ヒルコート監督率いるチームの使命 は、地球の終末というジャンルで使い古された月並みな描写に走ることなく、荒廃した世界の恐ろしい側面を伝えることだった。ヒルコートが語る。「終末後を 描いたジャンルの定型ともいうべき『マッドマックス』(79)のような世界は避けたかったので、私たちは原作の世界に想像をめぐらせた。そして頭に浮かん できたのは、買い物用の手押し車、スキー用ジャケット、埃の類、ビニール袋、テープを巻いたシューズといったものだった。さらにそこから思い浮かんだの は、世界中の全主要都市にいるホームレスたちだった。彼らはお金や食べ物を持たず、ストリートで日々生き延びるために終末的な世界を生きているのだか ら」。
そして“地球”が中心的な役割を果たす映画のため、フィルムメーカーたちにとって多くの異なる地形の風景を見つけることが極めて重要だっ た。少年と彼の父親は山岳部を出発して国を横切り、なだらかな丘を越え、最後に海へと到達する。しかも地球全体が大きな災害地域であるため、できる限り寂 れて荒れ果てた場所を見つけなくてはいけなかった。長い製作準備段階の間に、ニーズに合う50ヶ所以上の場所が候補に挙がった。それらの多くはペンシルバ ニア州のエリー湖近辺、ルイジアナ州のハリケーン・カトリーナの被害を受けた地域、さらにオレゴン州の幾つかの地域だった。特にペンシルバニア州には役立 つロケーションが多数あることが判明し、映画担当局も快く受け入れてくれたため、この地が撮影の拠点となった。撮影現場を訪れた原作者マッカーシーも、ロ ケ地の選択にとても満足していた。特に、実際に自然災害が起きたニューオリンズの風景を気に入っていた。
またスタッフは、明るい日光が皆無となっ た地球を再現する必要があった。通常の映画クルーは晴天の日なら大喜びするところだが、この映画のクルーはがっかりして屋内での撮影に向かった。プロダク ション・デザイナーのクリス・ケネディが語る。「極寒の天候のとにかくひどい条件下での仕事で、雪や雨が降っていると最高だった。そういう日には、私たち は外へ走り出たよ。これは環境を扱った映画で、本物の環境を舞台に強いる。我々は清々しい晴れの日は求めていなかったんだ。撮影のハビエル・アギーレサロ ベは“太陽は我々の敵だ”と言っていたよ」。
ヒルコート監督は早い段階から、CGで作った映像の使用を最小限に留める決断をしていた。あったとし てもこの映画では、撮影フィルムの加工において幾つかの色を出すために、初歩的なデジタル操作を加えたものだけだった。撮影監督アギーレサロベが語る。 「この映画では、光に手が加えられていないし、実物を使った物にも手が加えられていない。私は観客が映画館を出るとき、このようなことが地球に起きる可能 性があること、自分たちに起きる可能性があることについて考えてもらいたい。もし観客がこの作品を観て物語の真実性を信じてくれたら、そのときこの映画は 最大の勝利を得ることになるんだ」。